第14話 レポーティング

「とりあえず、予算が出ました。」倉橋は、本件、医療テナントビルの事業ミーティングに参加した2社を呼んで話をした。

「なかなか難しい場所での事業ですから、建築コストも抑えるように努力しなければなりません。」

うんうんと頷くそのうちの一社は、相続税申告時に不動産鑑定評価の作成に協力してもらった日研土木の土木部長、嵯峨野であった。「総予算は、外構工事代金も含めて2億2000万円です。これ以上の建築費では本件事業が成立しません。とりあえず持ち帰って頂き、検討してください。」

「いやぁ、厳しいですね。」倉橋の要求に、多少、戸惑いながら嵯峨野が言った。「うちの場合、土木工事で圧縮できるから他社さんよりは有利だと思いますが、10%以上圧縮するのは厳しいかもしれません。大体、先生の所に見積もりを持ってきた時点で、かなり利益は圧縮してますからね。」

「しかし本件の場合、事業収支から考えれば、これ以上、予算を捻出することができないんですよね。」倉橋は、小林の所に提出するよう既に建築プランニングのレポートを書き上げていた。

倉橋のレポートの特徴は、すべて数字で表されているところにある。また建築プランニングについても、不動産投資レポートと同様にバランスシートが組まれ、収支計画と損益計算書、貸借対照表や減価償却表などまで一目で分かるようになっている。また目論見書には、投資効率を計る指標もついており、安全率なども一目でわかる。さらに、クライアントに年寄りも多いことから手取り金額まで計算して添付されているのである。

「ね、2億2000万円以下でないと厳しいでしょ。」一通り、レポートの説明をして倉橋は言った。

「私ら建築屋には、よく理解できませんが、先生がそうおっしゃるなら、きっと、そうなんでしょう。」専門的数値をざっくり説明を受けた嵯峨野が、観念したように言った。「ただ、分かっていることは、先生は2億2000万円以上は決して出さないってことですよね。」

「そのとおり。」倉橋がそういうと、2人は笑いながら事務所を出て行った。

「え、こんなことって、できるんですか。」その夜、倉橋は小林家の全員を集めて本件事業の実現性と収支計画をレポートに基づいて説明し、その際、長男和男は、驚いた様子で倉橋に言った。「2億5000万円も借金して、毎月140万円以上も残るんですか。」

 「そういう計算になります。」倉橋は、冷静に言った。「2億5000万円を25年返済で2%で借りれば、毎月約110万円、それに固定資産税140万円を12ヶ月で割ると11万7000円、受水槽清掃費、エレベーターメンテナンスが年間90万円とすると1ヶ月7万5000円、合計約130万円です。賃料が270万円とすれば、おのずとその金額になります。」

 「先生、ちょっと質問してよろしいでしょうか。」母であり当事者であるトメが、倉橋に言った。「こんな良い話で、失敗するとしたらどんなときでしょうか。」

 「まず、金利の上昇を考えとかなければなりませんが、6%になっても返済は50万円程度上がるだけですから、まず大丈夫でしょう。また、今回は医療テナントが入居しますから長期的な運用が可能ですが、万一のときの為に、2階、3階にはガスや給排水のインフラを整えておきますから、住居に変更することは可能です。」その他、倉橋は詳細なリスク回避の説明を行った。

 「どうする。」和男は、多少、戸惑いながら母トメに言った。「やるとすれば、俺、連帯保証人になるんだよな。」

「亡くなった主人の夢だったんですから、先生、本当に大丈夫なのなら、この話、進めてください。」2億5000万円の連帯保証人に和男は少々動揺していたが、母トメは勇気を出して言った。

「お兄ちゃんがだめなら、先生、私が保証人になります。」少し勝気の次女が言った。「だって、お母さんがなくなったら、この建物、私のものになるんでしょ。」

「おまえは、こんなときに冗談言うんじゃない。」和男は、小心を咎められたように感情的に言った。「母さんが良いっていうなら、反対はしない。先生、この話、先生にお任せしますから、何とか良いようにしてください。」

「分かりました。」倉橋は、本件事業のスタートの依頼を受けた。「ところで私共の費用ですが、本来であれば建築費の3%を建築コンサルティングフィーとして頂くことになりますが、今回は特殊な建物ですから建築会社からコンサルフィーを頂きますので、小林さんからは1%だけ頂きます。」小林家の一同が納得していた。「その後、竣工してテナントが入居した後、マネジメントフィーとして毎月賃料の5%を頂きます。よろしいでしょうか。」

「もちろんです。よろしくお願いします。」

かくして複合医療テナントの第1号が、無医村に誕生することになったのである。
 

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