第12話 プランニング

「先生、意外に面白いかもしれませんよ。」

倉橋から相談を受けた、医療コンサルタントの高橋は言った。「この地域に、内科も整形外科も、歯科すらないんですよ。」

「やっぱりね。私も見たことないもんな。」倉橋は、以前、亡くなった小林から、この地域は昔から無医村であることを聞いていた。その際、いずれ金銭的な余裕ができれば、病院をこの地域に作りたいとも言っていた。

「亡くなられた小林さんが、生前、私に、この地域で病院作りたいって言っていたから、何とか作ってあげたいんだよね。」

倉橋のアイデアは、いつも直感的なものから始まる。直感的なアイデアを具現化するために検証を繰り返し、また、万一、事業をスタートさせてから失敗したときには、致命傷になる前に方向転換ができるよう代替えのプランを用意する。建築のプランニングでは、その事業計画が長期にわたり継続しなければならず、かつ倉橋の場合、建築したものは全て倉橋のかかわる会社で運営することを前提とするから自らの会社の事業計画のように綿密に企画する。

今回の場合、亡くなった小林の想いを実現化するには、かなりのリスクが生じる。

「ここでしたら駅からは遠いから1階は通所リハビリステーションがいいとは思いますけど、面積は300坪程度のものしか建たないとなると、他の科目が難しいかもしれませんね。」高橋は率直に言った。「でも、やはり複合医療テナントの方が良いでしょうね。」

「私も、そう思うんだよね。」倉橋は、駅から遠く、高齢化の進むこの街では、複合医療、それも高齢者向けの科目をそろえ、通所リハビリの顧客を送迎しながら同時に、他の科目も診療できるシステムにするしかないと考えていた。「やはり整形外科と内科、歯科は必要ですよね。」

「その他の科目では眼科も考えられますが、ここの立地では、ちょっと難しいかもしれませんね。」眼科の場合、メガネやコンタクトレンズの販売にも、ある程度、売上が見込めないと厳しい。「その他の科目でも、諸条件を考えるとやはり難しいように思います。」

「規模が中途半端ですから、しかたがないですね。」例えば1000坪規模の建物であれば規模の理論で新しいマーケットを築くこともできるが、300坪程度では、やはり利便性のよい医院に勝てない。ここは、独自の特色のあるもので勝負するしかない。

「この事業は失敗するわけにはいかないから、堅い線でいきましょうよ。」倉橋は、考えた末に新しい提案をした。「ワンフロア-をグループホームにしてはどうですかね。」

「ん~、先生、それ面白いかもしれない。」高橋は、倉橋のアイデアが気に入ったようで、自分でいろいろと考え出した。「1階を全部、通所リハビリの施設にして、2階部分を内科、歯科、整形、そして3階部分をグループホームの2ユニットだと収まりますね。ただ、グループホームが3階というのは検討が必要ですけど。」高橋は、楽しそうに言った。

「あまり既成概念にとらわれずに、これで行って見ましょう。」倉橋は、机で考えるより行動するほうを好む。倉橋は高橋に言った。「1階を借りてくれるテナントにグループホームも任せるようにすれば、相手方にメリットがありますよね。また歯科は間違いなく決まるでしょうから、内科と整形外科の診療圏調査と併せてテナント誘致をお願いします。」

倉橋と医療コンサルタントの高橋の話は結論が早く概ね3週間ほどで1階、2階を借りたいテナントの候補が出てきた。また、そのテナントが自ら歯科と内科、整形をもやりたいとのことで、一括借りを申し出てきた。ただし、条件としては、調剤薬局も一緒に建築してもらいたいとのことだったので、一度、打合せをすることになった。

「皆さん、お忙しい所、お集まり頂き、ありがとうございます。」倉橋の経営する会社、CFネッツのオフィスには、医療コンサルタントの高橋をはじめ、入居予定のテナント会社の社員2人と歯科医、内科医、調剤薬局の会社の社員が2人、倉橋が用意した設計士、建築会社2社、テナント側が連れてきた医療機器メーカーと設備業者、そしてCFネッツのコンサルタント2人が立ち会ってミーティングがはじまった。

「今回、お集まり頂き、皆さんの意向が固まれば、本件事業をテーブルに載せることができます。もちろん事業計画ですから予算があわなかったり、利益の予想がたたない場合は本件事業は着手できません。ぜひ皆さんのお力で本件事業を成立させていただきたいと考えています。どうぞ、よろしくお願い致します。」

倉橋が挨拶すると、それぞれがお互いの名刺交換をはじめた。

倉橋は何となく本件事業を着手できる自信があった。
 

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