不動産コンサルタント始末記
第7話 現地調査
「私、廣瀬吉正と申します。」倉橋から紹介されて、廣瀬は、吉田の両親と吉田に向けて、名刺を差し出した。「今回の件は、私が担当させて頂きます。」
廣瀬は、CFネッツの賃貸管理部門を担当している。倉橋が前職で勤めていた会社でも、倉橋の部下として賃貸管理部門を行っていたから、ベテランの域に達している。倉橋が、本件を廣瀬に担当させようと考えたのは、廣瀬が得意とする強制執行が伴なう明渡訴訟に発展する可能性が強いと察知したからである。
「この男は、自殺死体の処理している最中、ハンバーガーを食べながら報告してくるような奴です。」倉橋が、廣瀬のキャラクターを吉田と両親に告げた。「ちょっとやそっとでは、動じない奴ですから、安心して任せてください。」
吉田も、吉田の両親も、不気味なものを見るような目つきで廣瀬に挨拶し、廣瀬は、無気味な目で、にこっと笑った。
その日、倉橋と廣瀬は、吉田の所有するマンションを訪れた。
通常、このように入居者が分からないような場合、入居者を早急に確定する必要がある。また、その入居者の占有理由も明確にしなければならない。つまり、賃料を支払って賃借して占有しているのか、賃料を支払わず使用貸借で占有しているのか、あるいは全く不当に不法占有しているのかを明確にしなければ次の手は打てない。このような場合、占有している本人から事情聴取して証拠を固めるようにするのが鉄則である。
「スイッチは、大丈夫か。」倉橋が廣瀬に録音機のスイッチを確認させた。
「大丈夫です。」廣瀬は、ジャケットの内ポケットに秘めた小型のテープレコーダーのスイッチを確認して言った。「行きますか。」
マンションのインターホンを廣瀬が押した。
「はい。」ぶっきらぼうにインターホンで答えた声は、意外にも若かった。「何でしょう。」
「恐れ入ります。私、廣瀬と申しまして、このマンション所有者の代理のものです。」廣瀬が慇懃にインターホン口に語りかけた。「いろいろと事情をお聞きしたいと思いまして。」
間もなく、髪を茶色く染めた高校生らしい女性がマンションの扉を開けた。
「いま、お母さん、出かけていていません。」嘘ではなさそうな口調で彼女は言った。
「ごめんなさいね。ちょっと教えてもらえる。」倉橋が、廣瀬に代わって彼女に尋ねた。「表札が貼ってないけど、お名前はなんていうの。」
「前田。前田はじめ。」
「あ、そう。お母さんは。」事情聴取の際は、淡々と聞きたい内容を聞き出すようにするのがポイントである。人間、心理的には、聞かれたことには答えなければならないという、妙な義務感のような心理が生じるものである。
「前田京子。」
「二人で住んでるの。」
「はい。」
「お母さんは、何しているの。」
「何ですか。」倉橋が、その高校生に事情を聞き出していると、後ろから声をかけられた。明らかに水商売風の女性であった。「何か、御用ですか。」
「前田京子さんですか。」倉橋は彼女に聞き、続けた。「私、このマンション所有者から依頼されて参りました、コンサルタントの倉橋といいます。そして彼は、私の部下の廣瀬といいます。」倉橋と廣瀬は名刺を差し出した。
「ああ、そうなんですか。」彼女は、ちょっと気まずい口調で言った。「そのうち、誰かがくるんじゃないかって、思ってました。」
「ところで、ここは誰から借りて住んでいるんですか。」倉橋は、率直に聞いた。「権藤からですか。」
「ええ、でも、権藤さんからは、次の人が決まるまで、住んでいてもいいって言われてました。」少し、おどおどした口調で答えた。
「賃料はいくらでした。」倉橋も廣瀬も、瞬間、賃料を払ってなければ厄介だな、と思った。「こちらは、15万円と聞いているんですけど。」
「ええっ、そんな筈はありません。」彼女は驚いた様子で言った。倉橋も廣瀬も、このマンションが15万円で貸せる代物とは思っておらず、どうせ権藤が吉田の口座に15万円ずつ偽装して支払っていたのではないかと考えていた。「最初の約束では、8万円だったと思います。」
「最初の約束って言いますと。」倉橋は、その言葉を聞き逃さなかった。「いまは、いくらなんですか。」
「最初、2回くらい権藤さんが見えて、8万円ずつ支払いました。」俯きながら彼女は、恐る恐る話し出した。「ただ、その後、権藤さんが、ちょくちょく家に泊まるようになって。」倉橋も廣瀬も、耳を疑った。「その後は、家賃、払っていません。 .......すいません。」
吉田が所有するマンションの廊下で、そのマンションに住んでいる水商売風の女性から事情聴取しながら、倉橋は、大まかな今回の事件の流れを掴むことができた。
廣瀬は、その女性の豊満な胸の谷間を眺め、権藤とこの女性の情事を想像したのか、にたっと不気味に笑った。
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