不動産コンサルタント始末記
第15話 強制執行当日
「いち、にぃ、さん、しぃ。」強制執行当日、倉橋、廣瀬、そして吉田が前田のマンションの前に着くと、秀栄の社長、高橋を含めたメンバーが準備運動をしていた。「ご苦労様です。」高橋が我々に気づくと簡単に挨拶をした。
朝、8時45分。まだ、執行官は来ていなかった。
道具屋、いわゆる強制執行などを専門に行う業者は、通常、トラック2台から3台に、作業員15名ほどの人員でやってくる。通常、執行官は、一日に2回から3回、強制執行をこなす訳だが、その際、一回の強制執行の時間は2時間程度で考えている。したがって、その時間内に強制執行する建物の明け渡しを完了しなければならず、通常の引越し作業のようにはいかない。おのずと作業人員は増えることになる。
この日、高橋の率いるメンバーは、いかにも屈強そうな男性が9人、中年以上のパートと思える女性が6人、総勢16人のメンバーであった。
「社長、ご無沙汰しています。」一見、爬虫類を思わせる目つきの男が、倉橋に声をかけてきた。「覚えてますか、今野です。」見覚えのある顔である。
「あぁっ、今野さん、ね。」倉橋は、一瞬、目をうがった。「え、なんでこんなとこに、いるの。」
この今野という男。以前、賃料滞納で強制執行した薬物中毒の女性の知り合いであり、強制執行の荷物は俺のものだといって、倉橋に対し脅迫してきた男である。倉橋としてみれば、法的な手続きを踏んでの強制執行であるから、結局、脅迫には屈しなかったが、その際、荷物の保管場所を知らせろとしつこく食い下がり、秀栄の社長の連絡先を教えたことがあった。
「先生、びっくりしたでしょう。」高橋が興味深そうに倉橋に声をかけてきた。「あの後、こいつ、うちに来て脅迫まがいなことして、結局、うちで働くことになった訳。」
「その節は、お騒がせしました。」照れくさそうに頭をかきながら、今野は言った。
「結局さぁ、世の中、仕事、ないんだよね。」高橋は、今野の後ろから倉橋にそういうと、高橋と今野は、同時にぴょこんと頭を下げて、グループの輪に入って行った。
「いや、皆さん、ご苦労様です。」タクシーから降り立った執行官は、慇懃に挨拶をした。「債権者の吉田さん、いらっしゃいます?」強制執行の確認書を取り出しながら、吉田にサインを求めた。「では、まいりますか。9時08分、強制執行を開始します。」そういうと、執行官、倉橋、吉田、高橋がエレベーターに乗り、その他のものは階段から前田の部屋まで移動した。
「前田さん、いらっしゃいますか?」倉橋がインターホン越しに声をかけたが、中からは何の返事がなく、若干、倉橋はほっとした表情で玄関の扉を開けた。
すると、なんと前田母子は、遅い朝食をとっていた。
「すいません。結局、引越し、間に合いませんでした。」前田は、表面的にはすまなさそうに謝ったが、根底には開き直った態度が明確だった。「今日は、出てゆけませんから帰ってください。」
「前田さん、これより強制執行を断行します。」執行官は、若干、苦笑しながら前田に言った。「また警察呼ぶなんて、言わないで下さいね。」
秀栄の女性部隊は、タオルのようなものを隣近所に配りながら挨拶をし、屈強な男達が前田のマンションの扉、窓を外しだしていた。また他の男達は、土足のまま部屋に上がり込み、箪笥などの扉や引出しにガムテープを巻き出していた。
「怪我でもされちゃうとたいへんだから、早く外に出てください。」高橋はそう言うと、前田母子の食卓をさっさと片付けてしまった。
「あなた、約束が違うじゃない。」前田は、高橋に食って掛かった。「引越先に荷物を運んでくれるって言ったじゃない。」
「ああ、そうだよ。でもさ、今日が強制執行って知ってたんだから、今日の前に引っ越さなきゃ。」高橋は、面倒くさそうに前田に言った。「でもね、今日の保管荷物はサービスで運んであげるから、あとで連絡ちょうだい。」
「お願いですから、今日のところは勘弁してください。」前田は、執行官に懇願した。「あと、2、3日あれば引越をしますから、乱暴な真似は止めてください。」
「あのね、前回も言いましたが、これ以上妨害しますとね、公務執行妨害で別の罪に問われますよ。」執行官は冷たく言った。「いい加減になさい。」非常に慣れた様子で、顔色ひとつ替えることはなかった。
「本当に、私たち出て行きますから、今日のところは勘弁してください。」今度は、倉橋と廣瀬の所にやってきて懇願した。「お願いです、助けてください。」
「よおし、いいぞ。」高橋が号令をかけると、屈強な男達とエプロン姿の女性達が、一気に土足のまま前田の部屋に入り込んできた。「はい、これ、保管荷物。これは競落処分ね。」そういいながら手際よく中の荷物を運び出し始めた。
「前田さん、残念ですけど、うちの廣瀬も充分説明しましたし、私自身も何度かお邪魔させて頂きましたが、結局、インターホンにも出なかったじゃないですか。」倉橋は、冷静に前田に言った。「強制執行を延期することはできません。私から高橋社長に言って、荷物は引越先に運んでくれるように頼んでみますから、諦めてください。」
倉橋も廣瀬も、執行官に習って土足で部屋に上がりこんでいたが、吉田だけは、玄関できちんと靴を脱いでいた。倉橋は、泣き崩れそうな前田を見ながら、心の中で葛藤していた。
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