第8話 実勢価格の乖離

「それでは税務署も納得しないでしょうから、ちゃんと根拠のある計算をしましょう。」小林の自宅敷地の価格について、倉橋は、不動産鑑定士の山本に対し、不動産業者が購入するとなれば、限りなく「0」に近い金額である旨の根拠を延々と説明していた。

「倉橋社長、ご無沙汰しております。」打合せの途中、日研土木の土木部長、嵯峨野が加わった。

倉橋の打合せは、テーマごとに関係者を順に呼んで行うことが多い。説明が必要な関係者を順に呼んで、ある程度説明が進んだ段階で次の人を入れて打合せを行い、最終的には、その日のうちに全員が納得した状態で仕事についてもらう。そうすることによって、聞き間違いや伝達を間違えることもないし、仮に倉橋が出張中のときも、この打合せに参加した人同士で更に打合せができる仕組みにしている。

「この嵯峨野部長には、この土地の造成工事の見積もりをお願いすることにしています。」倉橋は、そういうと小林の自宅敷地のコンタ割図に3角スケールをあてながら説明をした。「ほらね、この土地を宅地造成して仕上げるとすると、前面道路に接する部分はかなりの擁壁を作らなければならないし、裏側の崖は、もっと厳しい擁壁を造らなきゃならないでしょ、それに位置指定道路を2本いれるとすると、車返しもそれぞれ必要になるよね。結局、この土地を販売できるようにするには、この造成費用がかかってくるわけだから、その費用は、当然、評価額から差引かなけりゃ不公平ですよね。」倉橋は、自らの持論を展開しながら不動産鑑定士の山本に対しアピールした。

「ん~、確かに先生の言うとおりですけどね。」山本は、ちょっと困惑した表情で答えた。「ざっくりどのくらいの費用が掛かりますかね。」山本は、嵯峨野に聞きなおした。

「これだけの工事をすれば、2億円は最低掛かるでしょうね。」電卓をたたきながら、嵯峨野は言った。「でも、この裏の擁壁は、かなり難しいですね。これだけ高低差があると3段位の擁壁が必要になるかもしれません。そうすると、正味、使える敷地は3割以下かもしれませんよ。」

「ですよね。嵯峨野さん、この土地、このまま4億円で売れると思います?」倉橋は、嵯峨野に言った。

「え~、とても無理でしょう。」嵯峨野は本気で驚いていた。「これ、造成費用、出ないんじゃないですか。」

倉橋は、にこにこ笑いながら、山本の方を見た。「でね、山本先生。嵯峨野さんに実態にあった造成図面と見積書を作成してもらいます。この図面と見積書は、誰が見ても客観的に問題がない状態までにしてもらいます。」倉橋は、不動産鑑定士の立場の山本に対し、職業柄の問題が生じないような説明をした。「私としては、山本先生に宅地造成上がりの土地の総額の評価を出してもらって、そこから嵯峨野さんの出してくる見積もり金額を差引いた金額で評価額を出してもらいたいんです。」

「なるほど、このような土地の場合、そのほうが評価額は明らかに下がりますね。」山本も倉橋の理論に納得した。「嵯峨野さんからの図面と見積もりは、どの位でできますか。」

「そうですね、最低、2週間位ですかね。」嵯峨野は、倉橋の顔をチラッと見た。「いや、10日位で何とかしましょう。」

倉橋は、宅地造成等の工事について概ね3社と取引をしており、日研土木は、その内の一社である。このような見積もり作業については、面倒な上、本当に造成するわけではないから、企業としてはあまり商売にはならないが、長い付き合いの中で協力はしてくれていた。

倉橋は倉橋のほうで、いつも発注側であるからといって甘えることなく、その都度、掛かる費用については、ちゃんと立替えてでも支払っているから、信頼関係は厚いものがある。

「そうしてくれると、助かります。」倉橋は、素直に感謝して言った。

倉橋、伊東、山本、そして嵯峨野との打ち合わせの後、相変わらず倉橋と伊東は、小林の所有する土地の測量を行っていた。

残りは300坪の土地上に建っている倉庫と駐車場の利用用途に合わせた区画割を行えば、概ね所有財産の内、不動産の部分については決着がつく。この区画割を明確にするという作業は、地味な作業であるが、路線価格で申告する場合、奥行長大補正率や間口狭小補正率、その他かげ地割合などによる割引率を有利にとることによって、意外に価格は下がるものである。

「先生ですか。」小林の倉庫を借りているテナントと打合せをしている最中、山本から倉橋の携帯電話に連絡が入った。「先日の件、何とか1億4000万円位まで下げられるようになりました。」山本の声は、妙に明るかった。
 

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