第7話 不動産鑑定評価

袋地の土地をあっさりと小川製作所に売却を決め、倉橋と伊東測量事務所の伊東は、他の土地の測量を進めていた。

本来、相続対策は、被相続人が生きているうちに準備するものである。

通常、倉橋の手法としては、不動産は、即時、売却や物納ができる状態に整備しておくように心がけており、相続が発生した時点では、ほぼ物納や換金ができる状況にしておくようにしている。ところが、今回の小林の相続は、突然の事故死のため、準備に相応な時間すら掛けていられない状況であり、ぶっつけ本番で、相続開始後10ヶ月の時間内にすべて決着をつける必要がある。

「しかし地主さんって言うのはいつも思うんだけど、自分の土地に興味がないのかねぇ。」伊東は、倉橋に率直な感想を漏らした。

小林の土地は、ほぼ全部が測量等を行っておらず、不整形の土地のまま、隣接地の所有者と境界の立会い等を行っていなかった。

「とりあえず相続税の申告用には、現況測量でもいいかもしれないけど、せっかくだから、この際、隣地も立会い同意を得た方がいいですよね。」

「もちろん、そうしてください。」倉橋はそう言うと、付け加えた。「地主さんって、測量して縄伸びなんかすると、税金が高くなるからって嫌がる人、本当に多いからね。ほとんど、後で誰かが苦労するってこと考えてないよね。」

そんな他愛ない話をしながら、倉橋と伊東は、倉橋の経営するCFネッツの港南台オフィスで着々と測量の行程を具体的に打合せした。

「こんにちは、ご無沙汰です。」倉橋と伊東の打合せに、ついでだからと、その日、不動産鑑定士の山本に同席するよう支持していた。

山本は、倉橋に挨拶すると、伊東にも丁寧に名刺を差し出しながら挨拶をした。

「はじめまして、山本鑑定事務所の山本です。」

倉橋は、いつも、このような仕事に取り組む際、専門家のチームを作り、自らがいないときにも直接打合せができるよう、このように顔つなぎをすることが多い。

「山本先生、一応、今回は自宅部分のみを鑑定評価で申告しようと思っています。」倉橋は短決に山本に指示を行った。「この自宅、路線価での評価は4億円にもなるんですが、実際、売ろうと思っても、とてもそんな金額で売れる代物じゃありません。」

「一応、これが私の簡易評価です。」山本は、一枚の紙に書いた概算の簡易評価額を倉橋に手渡した。山本も、倉橋とは多くの取引を行っており性格も知っているから、打合せの際には事前に物件を下見し、簡易評価を持参して打合せするようにしている。「概ね、半額の2億円には下がると思います。」

「いやいや、先生。私は、そうは思っていませんよ。」倉橋は、にこにこしながら山本に詰め寄った。「先生、これ、突然この土地を買ってくれって不動産屋さんに行ったとしますよね。いくらで売れますかね。」

「ん~、そういわれると、確かに2億円では無理かもしれませんよね。」

山本は不動産鑑定士らしからぬ表情で、あっさりと倉橋の意見に納得した。

「伊東先生、コンタ(高低測量)割図、できてましたっけ。」倉橋は、伊東にコンタ割図を出させ、説明した。「我々、この土地を買おうとすれば、まず造成工事の見積もりを出しますよね。」倉橋はコンタ割図をコピーして、その上に造成宅地の絵を書きながら説明した。

「ここは第一種低層住居専用地域ですから高度利用してマンションの建築なんかできません。従って、住宅用地として宅地造成を行い、売却するしかないんです。そうするとね、道路部分も当然売買対象面積にはならないし、ここまで傾斜がきつければ法面の面積もかなり出てきます。」

「なるほどね。さすが先生は不動産屋だ。」山本は不動産鑑定士であるから、土地の評価額を算定することは得意であるが、やはり実務的な感性は倉橋には勝てなかった。「これで行くと、有効宅地は4割くらいになりますかね。」コンタ割図に3角スケールをあてながら、ざっくりと倉橋が書いた宅地造成のイメージ図を見ながら、山本が言った。

「そうそう、ひょっとするともっと少ないかもしれません。」倉橋は、山本と伊東に言った。「ここは崖地割合を差引いても、路線価だと4億円以上の評価になっちゃいますよね。一般的にみると1500坪で4億円だから坪当たり約26万7千円だから安いように感じてしまうけど、我々、業者からみると、とんでもなく高いんですよ。」

「で、先生だったら、いくら位と考えているんですか。」山本は、倉橋に率直に尋ねた。

「計算してみないと分かりませんが、私だったらタダでもいらない。」倉橋がそう言うと、山本も、伊東も笑わなかった。
 

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