第6話 クロージング

「青地の払い下げ用の測量を進めている間中、小川製作所の小川は、何度となく事務所から出てきては、こちらの方を眺めていた。

「ほら、また車を道路に止めだしたでしょ。」倉橋は、測量士の伊東に言った。「小川製作所では、荷物の積み下ろしの都度、ああして位置指定道路に車を止めるんですよ。社員も癖になっているのか、自家用車まで止める始末です。」倉橋は、測量に立ち会いながら、車両の様子を見定めて言った。「ちょうどいま、荷物の積み下ろしが始まりましたから、ちょっとこちらの車両を移動しましょう。」

「すいません、小川さん。」倉橋は、申し訳なさそうに小川に声をかけた。「作業中、申し訳ないんですが、もう一度、車を移動してもらえませんか。」

「ふざけんな。これじゃ、仕事になんないよ。」小川は案の定、怒り出した。

「いや、ちょっと待ってください。小川さん、ここは道路ですよ。」倉橋は、予定通りの行動を取った。「私共でここの土地を買わせて貰って住宅を建てますが、その際は、現状のような道路の使用方法は改善してください。ここは小川さんの土地じゃないんだから。」

「そんなこと言ったって、いままでずっと使ってたんだから、今更そんな事言われても困るよ。」小川は、明らかに困惑していた。

「いや、小川さん、奥に住宅が建てば、そうはいきませんよ。私共でも商売ですから、この奥の住宅を売った後、何かクレームが出れば対処しなければなりません。その都度、小川さんにクレームを言い続けなければならない立場です。」倉橋は、冷静に小川に言った。「ついでの話で恐縮ですが、あの畑に置いてあるドラム缶や資材、小川さんの所のものですよね。一応、この土地を買わせて貰う関係上、一両日中に撤去しておいてください。」

「そんなこと言われても、すぐにできる訳ないだろ。」小川は、高揚した顔つきで、倉橋に言った。「小林さんは、一度も文句など言わなかったぞ。」

「小川さん、ここはもう小林さんの土地じゃないんです。」倉橋は、更に冷静に言った。「今までのことは、一切関係ありません。ただ、私共も商売ですから、小川さんがあそこの土地を買ってくれるって言うなら、ご相談には乗っても良いですよ。」

倉橋と小川のやり取りに、ただならぬ雰囲気を感じたのか、小林や伊東、そして野崎も2人の近くに寄って来ていた。

「小林さん、あんた、この人にあの畑、売ったのかね。」小川は、高揚したまま、今度は小林に言った。

「ええ、私の所も相続税を支払わなければならないので、仕方がないんです。」小林も、倉橋との打合せのとおり、この土地の売却意図を告げた。「時間があれば、小川さんに買ってもらえば良かったのですが、現金化を急がなければならない為、こちらの社長さんに買ってもらうことにしたんです。」

「何だよう、みずくさい。俺にだって、こんな土地買うくらいの金はあるよ。」小川は、観念したように倉橋と小林に言った。「悪いけど測量が終わったら、2人とも事務所に寄ってくれませんか。」

倉橋も小林も、怪訝そうな顔をしたが、心の中では作戦の成功を喜んでいた。

測量を終え、倉橋と小林、そして野崎は、小川製作所の事務所を訪れた。

「先ほどは、年甲斐もなく大きな声を出して悪かったですね。」ちょっと東北訛りのある小川は、2人に素直に謝罪した。「こちらの方は、信用金庫の方です。」

「小川社長には、いつもお世話になっています。」安っぽいネクタイをしたその男は、慇懃に倉橋と小林に名刺を差し出した。

「実は、ご承知のとおり、当社の駐車場は狭く、また、この不景気にもかかわらず受注も増えており、近隣の方にご迷惑をかけているのは承知なのですが、実際、土地が狭いのは事実です。」小川は、懇願するような話し振りで続けた。「小林さんの畑は、当社の地続きで、将来、譲ってもらおうと考えていた矢先のこの話です。倉橋さんは倉橋さんでお考えもあろうかと思いますが、ここは私の顔を立てて、あの畑を私に譲ってもらえませんでしょうか。」

「ん~、小川社長がそうおっしゃるのであれば、私も地元で商売させてもらってますから、ここは評判を落とす訳にはいきません。」倉橋は、あっさりと承服した。「小林さん、私も小川社長の立場ならそうするでしょう。ここは気持ちよく、小川さんに譲りましょう。」そういうと倉橋は、売買価格、諸経費、測量費の明細をさっさと書いて小川社長に手渡した。「私と小林さんとの売買契約は反故にしますから、直接、小林さんと契約してください。ただし、当社も商売ですから仲介手数料は戴きます。」小川社長は感謝しながら、倉橋が渡したその明細を信用金庫の男に手渡し、1週間後の契約ということで話がついた。

「さすが倉橋さんですね。」小林は事務所を出た後、感心しながら倉橋に言った。

「相続の仕事って、本当言うと不動産業者の仕事がほとんどなんですよね。」倉橋は、小林にそう言いながら、次の手を考えていた。

野崎は、その隣で、うんうんとうなずいていた。
 

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